フォークソング




フォークソング(Folk Song)は、音楽のジャンルの一つ。元来は民謡や民俗音楽を指すが、民謡から派生したポピュラー音楽をも含める。後者には、反戦歌などのプロテストソングも範疇に含まれる。本来のフォークソングの演奏は、アコースティックギターやバンジョーなどを使用し、フォーク・ロックやロックのように電気楽器は使わないのが伝統的な音楽表現である。




目次






  • 1 概要


  • 2 詳細


    • 2.1 主なアーティスト




  • 3 日本のフォーク


    • 3.1 主な日本のアーティスト


    • 3.2 歴史年表




  • 4 ミクスチャー・フォークソング


  • 5 出典


  • 6 関連項目





概要


英語圏でFolk Musicというと、英語圏(やや範囲が広がっても欧州程度)の民謡に着目する傾向が強かった。だが、近年Folk Musicについて語る際には、Folkという単独の単語のもつ意味を反映して全世界の民族的なもの全般を扱うことが増えている。この意味では19世紀にジャンルが確立して、20世紀に発展したような比較的新しい民族音楽や民俗音楽も含む場合がある。


1940年代以降のアメリカで、プロの作曲家が作った曲ではなく、民衆の間に昔から親しまれていた民謡を、編曲した上で自演するプロ・ミュージシャンの動きが台頭した。


戦前から戦後のかけてのウディ・ガスリー[1]やウィーヴァーズ[2]、ピート・シーガーらの活動は、ジョセフ・マッカーシーの赤狩りの影響などにより広範な動きにはつながらなかった。しかし、1958年にデビューしたキングストン・トリオ(英語版)がポップチャートで民謡「トム・ドゥーリー」をヒットさせる。これを機にこの動きは全米に広がり、ハイウェイメン(英語版)、ボブ・ディラン、ピーター・ポール&マリー、ニュー・クリスティ・ミンストレルズ、ブラザーズ・フォア、フィル・オクス、バフィー・セント・メリーなど多くのアーティストが登場した。


これらのアーティスト達は次第に民謡だけでなく、民謡に影響を受けたオリジナル曲も歌うようになる。生活苦などをテーマにした民謡に影響を受けた彼らは、人種差別反対、戦争反対などの社会的なメッセージを込めた曲を多く発表した。これをプロテストソングと呼ぶ。



詳細


1963年頃にはフォーク・シーンはオリジナル曲が中心になっていった。フォーク・リヴァイヴァル勃興期の演奏形態としては、バンジョー、アコースティックギター、ウッド・ベースという楽器編成が多く、中心楽器はバンジョーであった。しかし、次第にバンジョーは使われなくなり、アコースティックギターが中心的な楽器となっていった。


フォーク・シーンで活躍したボブ・ディラン、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、バーズなどの多くのミュージシャンは、1964年のビートルズのアメリカ上陸に影響を受け、エレクトリックギター、エレクトリックベース、ドラムスというロックの楽器編成(但し、アコースティックギターを併用する場合も多い)で演奏するようになった。これをフォークロックと呼ぶ。また英国でもリチャード・トンプソン率いるフェアポート・コンヴェンションやディック・ゴーハン、ユワン・マッコール、ペンタングル、スティールアイ・スパンなど、フォークソングを演奏する多数のミュージシャンが活躍した。



主なアーティスト



  • ボブ・ディラン

  • ウディ・ガスリー

  • ニール・ヤング

  • ピート・シーガー

  • サイモン&ガーファンクル

  • ジョニ・ミッチェル

  • ディック・ゴーハン

  • ユアン・マッコール

  • ニック・ジョーンズ

  • レッドベリー

  • リッチー・ヘヴンス

  • ランブリン・ジャック・エリオット

  • キングストン・トリオ

  • ブラザーズ・フォア

  • マーティン・カーシー

  • リチャード・トンプソン

  • ジョーン・バエズ

  • フィル・オクス

  • ニュー・クリスティ・ミンストレルズ

  • フェアポート・コンヴェンション

  • メラニー

  • モダン・フォーク・カルテット

  • ジュディ・コリンズ

  • アーロ・ガスリー

  • ウィーヴァーズ

  • バック・オウエンス

  • ペンタングル

  • バフィー・セント・メリー

  • イービー・サンズ

  • サンディ・デニー

  • イライザ・カーシー

  • ピーター・ポール&マリー

  • ブラザース・フォー

  • ドノヴァン

  • ジャクソン・C. ・フランク



日本のフォーク


日本のフォークは、明治時代から名称が存在した演歌(=演説歌の略:現在の演歌と呼ばれるものとは別物)が、戦後のアメリカンフォークの影響(ボブ・ディランやピーター・ポール&マリーらの影響下にあるケースが多い)を受け、‘‘日本のフォーク’’として独自に発展していることもあり、弾き語りスタイルからバンドスタイルまで幅広く、指し示す範囲は広い。


60年代には、ロックバンド風のサウンドやスタイルがグループ・サウンズとして発展し、グループ・サウンズ (以下GS) 流行期、GSと同じステージにフォークグループが立つことが珍しくなかった。現にGSとフォーク共演のコンピレーションアルバムは何枚も出ている。日劇ウエスタンカーニバルと呼応した形で、日劇フォークカーニバルという企画もあった。60年代後半には、岡林信康、高田渡、加川良を筆頭に、反戦フォーク、プロテスト・フォークが全盛期を迎えた。


日本におけるフォークの呼称には様々なものがある(フォークシンガー参照)。70年代前半にはフォークの売り上げが大きくなることがレコード会社に認識された。レコード会社が積極的に売り出したのは、売れ線のヒットねらいのフォークだった。これらのフォークの特徴は、大衆に媚びた内容、非メッセージ性、男女を問わずアイドル性などである。商業フォーク、産業フォークとも呼ぶのがふさわしい内容で、これらはヒットすることにより音楽産業に取り込まれていった。産業ロックや、ニューミュージックの一部と同様で、売り上げの最大化を目指したものも多い。フォークのジャンルには、反戦フォーク、アングラ・フォーク、プロテスト・フォーク、叙情派フォーク、四畳半フォーク、メッセージフォークなどもある。


なお、ネオフォーク(Neofolk)というジャンル名は、欧米のスワンズやコイルらのバンドの音楽を指している。70年代後半以降のフォークはメッセージ性が薄いとして、旧来のフォークファンには、あまり評価されてはいない。[要出典]



主な日本のアーティスト



  • 河島英五

  • 尾崎豊

  • 岡林信康

  • 高田渡

  • 加川良

  • 遠藤賢司

  • フォーク・クルセダーズ

  • 中川五郎

  • 長渕剛

  • かぐや姫

  • もとまろ

  • マイク眞木

  • 吉田拓郎

  • 井上陽水

  • なぎら健壱

  • 森山良子

  • 赤い鳥

  • 松山千春



歴史年表




  • 1963年 ‐ ピート・シーガーが来日。


  • 1964年 ‐ 「原宿フーテナニー」開催。/ 「銀座フーテナニー」開催。


  • 1965年 ‐ 日劇フォークソングフェスティバル開催。


  • 1966年 ‐ ビートルズが来日。/ マイク眞木の「バラが咲いた」がヒット。/ 五つの赤い風船が活動開始。/ フジテレビ『フォークソング合戦』が放送開始。/ 日劇フォークソングフェスティバルにて高石友也がプロデビュー。


  • 1967年 ‐ 高石友也が大阪で初リサイタル。東京日比谷野外音楽堂で、遠藤賢司・小室等・フォーク・クルセダーズその他により「ニューポート・フェスティバル・イン・ジャパン」開催。/ フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」がヒット。/ 森山良子が「この広い野原いっぱい」でデビュー。


  • 1968年 ‐ フォーク・クルセダーズが「イムジン河」発売自粛。/ 岡林信康が「くそくらえ節」「がいこつの唄」で登場、「山谷ブルース」発売禁止。/ 高田渡が「自衛隊に入ろう」発表。/ フォーク・クルセダーズが解散。


  • 1969年 ‐ はしだのりひことシューベルツの「風」、ビリーバンバンの「白いブランコ」がヒット。/ 東京新宿駅西口に現れたフォークゲリラに機動隊が動員され、ガス弾で弾圧される。/ アンドレ・カンドレ(井上陽水)がデビュー。/ 高石友也がさよならコンサート。


  • 1970年 ‐ 「インターナショナルフォークコンサート」開催。前夜祭に遠藤賢司、あがた森魚その他出演。/ 吉田拓郎がデビュー。/ 第2回全日本フォークジャンボリー開催。


  • 1971年 ‐ はしだのりひことクライマックスの「花嫁」がヒット。/ 第3回全日本フォークジャンボリー開催。/ 東京世界歌謡祭で上条恒彦が「出発の歌」グランプリ受賞。/ 天王寺野外音楽堂でコンサート「春一番」の第1回が開催。/ 北山修・加藤和彦による「あの素晴しい愛をもう一度」がヒット。/ 赤い鳥の「竹田の子守唄」「翼をください」がヒット。


  • 1972年 ‐ 3月、吉田拓郎の「結婚しようよ」[3]、8月、「旅の宿」がヒット[4]。井上陽水の「傘がない」、古井戸の「さなえちゃん」、もとまろの「サルビアの花」、五輪真弓の「少女」、ウィッシュの「ご案内」、ピンクピクルスの「一人の道」、猫の「雪」「地下鉄に乗って」などが発表され話題になった。


  • 1973年 ‐ ガロ(GARO)の「学生街の喫茶店」がヒット[5]。/かぐや姫の「神田川」がヒット。/グレープがデビュー。/海援隊の「母に捧げるバラード」がヒット。/なぎらけんいち(後のなぎら健壱)の「悲惨な戦い」が自主規制。


  • 1974年 ‐ 山本コウタローとウィークエンドの「岬めぐり」がヒット。/ 吉田拓郎とかまやつひろしが連名で「シンシア」を発表。


  • 1975年 ‐ 小室等・吉田拓郎・井上陽水・泉谷しげる、フォーライフ・レコード設立。/ かぐや姫とよしだたくろうが中心となって「つま恋コンサート」開催。約5万人の観客を動員。/1973年12月に発売された井上陽水のアルバム『氷の世界』が8月に日本レコード史上初めてアルバム100万枚を売り上げる。/風 が「22才の別れ」でデビュー。バンバンの「いちご白書をもう1度」、シグナルの「二十歳のめぐり逢い」がヒット。


  • 1977年 ‐ 日暮しの「いにしえ」がヒットした。


  • 2001年 ‐ 夏川りみが森山良子とBEGINによる「涙そうそう」をカバー。


  • 2002年 ‐ 「涙そうそう」がヒットし、第44回日本レコード大賞では夏川りみが金賞、森山良子が作詞賞を受賞。夏川りみは第53回NHK紅白歌合戦に初出場し、以後4年間連続でNHK紅白歌合戦の歌唱曲に選ばれる。


  • 2005年 ‐ 「涙そうそう」が2004年度JASRAC賞の銀賞を受賞。


  • 2007年 ‐ 日本の歌百選に「今日の日はさようなら」、「翼をください」、「涙そうそう」が選ばれる。


  • 2009年 ‐ 演歌の坂本冬美が、フォークのビリーバンバンの「また君に恋してる」をカバーし、ヒット。第51回日本レコード大賞では優秀作品賞を受賞。第60回NHK紅白歌合戦の歌唱曲にも選ばれる。


  • 2010年 ‐ 植村花菜の「トイレの神様」がヒット。第52回日本レコード大賞で優秀作品賞および作詩賞を受賞。/ 坂本冬美による「また君に恋してる」が第61回NHK紅白歌合戦の歌唱曲に選ばれる。



ミクスチャー・フォークソング


従来のフォークソングとは異なる、エンターテインメント性のあるパフォーマンスを取り入れたミクスチャー・フォークソングスタイルも存在する。


代表的なミュージシャンとしては、2012年に結成された「RED EARTH」が挙げられる。



出典





  1. ^ http://www.discogs.com/Woody-Guthrie-Woody-Guthrie/.../1...


  2. ^ http://www.allmusic.com/artist/the-weavers.../biography


  3. ^ はっぴいえんど、拓郎、ユーミン…Jポップ創始者たちが唄う“春の名曲”5選


  4. ^ 【1972年8月】旅の宿/よしだたくろう 幸せの絶頂期にリリース


  5. ^ 【1973年2月】学生街の喫茶店/ガロ バンドの亀裂を深めた皮肉な大ヒット曲




関連項目



  • 中津川フォークジャンボリー

  • フォークシンガー

  • フォークデュオ

  • フォークロック

  • 日本のフォークシンガー

  • ニュー・フォーク

  • ベトナム戦争

  • 公民権運動

  • 安保闘争

  • 関西フォーク

  • 広島フォーク村

  • 四畳半フォーク

  • 演歌(演説歌)

  • ブルース

  • ブルーグラス

  • カントリー

  • バンジョー










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