コンパクト空間
数学において、コンパクト[1](英: compact)は位相空間の性質である。詳細は後述するがコンパクト性の定義それ自身は直観性に乏しいものであり、証明を容易にする為のいわば操作的なものである。しかし距離空間であればより直観的な言葉でいいかえる事ができ、特に有限次元のユークリッド空間においては有界閉集合であることとコンパクト集合であることとは同値になる。したがってコンパクトの概念はユークリッド空間における有界閉集合の概念を一般の位相空間に拡張したものとしてとらえる事ができる。
なお無限次元では有界閉集合はコンパクトとは限らず、例えばヒルベルト空間内の(縁を含んだ)単位球体は有界かつ閉集合であるがコンパクトではない(距離位相を入れた場合)。
ブルバキでは、ここでいう定義を満たす位相空間を準コンパクト(英: quasi-compact)と呼び、さらにハウスドルフの分離公理を満たすものをコンパクトであると呼んでいる。距離空間など多くの空間ではハウスドルフの分離公理が満たされるので両者の概念は一致するが、一般には注意が必要である。
目次
1 定義
2 同値条件
3 距離空間における特徴づけ
4 有限次元ユークリッド空間における特徴づけ
4.1 有限次元ユークリッド空間における定理との関係
5 コンパクト性を使った証明の例
6 無限次元空間におけるコンパクト性
6.1 有界閉集合との違い
6.2 弱位相
7 性質
7.1 閉集合
7.2 コンパクト性の遺伝
7.3 その他
8 コンパクト化
9 関連概念
10 参考文献
11 脚注
12 関連項目
定義
コンパクト性の概念は以下のようにあまり直観的ではない形で定義される。
まず集合 X に対し X の部分集合の族 {Aλ}λ{displaystyle {A_{lambda }}_{lambda }} が
- X=⋃λAλ{displaystyle X=bigcup _{lambda }A_{lambda }}
を満たすとき、{Aλ}λ{displaystyle {A_{lambda }}_{lambda }} は X を被覆しているといい、特に Aλ{displaystyle A_{lambda }} が全て開集合であれば、{Aλ}λ{displaystyle {A_{lambda }}_{lambda }} を X の開被覆という。
位相空間 X がコンパクトであるとは次の性質を満たす事を言う:
Xの任意の開被覆 {Oλ}λ{displaystyle {O_{lambda }}_{lambda }} に対し、{Oλ}λ{displaystyle {O_{lambda }}_{lambda }} の有限な部分族 {Oλi}i=1,…,n{displaystyle {O_{lambda _{i}}}_{i=1,ldots ,n}} が存在し、{Oλi}i=1,…,n{displaystyle {O_{lambda _{i}}}_{i=1,ldots ,n}} も X を被覆する。
同値条件
以下に特に重要なコンパクト性と同値な条件を幾つか挙げる。
有限交叉性を持つ閉集合族の共通部分は空でない。
この条件は区間縮小法の一般化になっているとみなすことができ、位相空間における存在証明に重要な役割を果たす。
- 任意の超フィルターが集積点を持つ。
この条件は点列コンパクトの有向点族版とみなすことが出来る。
距離空間における特徴づけ
X が距離空間であれば、コンパクト性をより直観的な性質で特徴づける事ができる。
定理1[2] ― X を距離空間とするとき以下の3つは同値である。
X はコンパクトである。
X は点列コンパクトである。
X は全有界かつ完備である。
ここで位相空間 X が点列コンパクトであるとは、X 上の任意の点列は収束部分列を持つ事を指す。すなわち X 上の任意の点列 {xn}n∈N{displaystyle {x_{n}}_{nin mathbb {N} }} に対し適当な部分列 {xni}i∈N{displaystyle {x_{n_{i}}}_{iin mathbb {N} }} を取れば {xni}i∈N{displaystyle {x_{n_{i}}}_{iin mathbb {N} }} は X 上のいずれかの点に収束する事を指す。
また距離空間Xが全有界(ぜんゆうかい)であるとは任意の ε > 0 に対し、X を半径 ε の有限個の開球で被覆する事ができる事を指す。すなわち任意の ε > 0 に対し適当な有限個の点 x1,…,xn{displaystyle x_{1},ldots ,x_{n}} を取れば
- X=⋃i=1n{ y; d(y,xi)<ε }{displaystyle X=bigcup _{i=1}^{n}{ y; d(y,x_{i})<varepsilon }}
となる事を指す。(ここで d(・,・)は X 上の距離を表す。)
また距離空間 X が完備であるとは X 上のコーシー列は必ず収束する事を指す。詳細は完備距離空間の項目を参照されたい。
全有界性は以下のようにも特徴づけられる事が知られている:
定理2 ― 距離空間 X が全有界である必要十分条件は以下を満たす事である:
X 上の任意の点列に対しある部分列が存在し、その部分列はコーシー列である。
X が完備距離空間であればコーシー列は収束するので、定理1の「条件3⇒条件2」は定理2から従う。
有限次元ユークリッド空間における特徴づけ
定理1より特に以下が従う:
系3 ― 有限次元のユークリッド空間(あるいはより一般に完備リーマン多様体)の部分集合 A が全有界かつ完備(定理1よりこれはコンパクト性と等価)である必要十分条件は A が有界閉集合である事である。
より正確に言うと有限次元のユークリッド空間やリーマン多様体では有界性と全有界性が同値であり、完備性と閉集合である事が同値である。これらの事実は簡単に証明できる。
有限次元ユークリッド空間における定理との関係
コンパクトの概念と点列コンパクトの概念は有限次元ユークリッド空間における定理であるハイネ・ボレルの被覆定理とボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理からきており、実際これらの定理はそれぞれ有限次元ユークリッド空間の有界閉集合がコンパクト、点列コンパクトであると主張している。
したがってコンパクト性の概念や点列コンパクト性の概念は、こうした既知の定理の結論部分を位相空間や距離空間の言葉で抽象的に定式化する事で得られたものであるという事もできる。
なお定理3より有限次元ユークリッド空間においては有界閉集合である事と全有界かつ完備である事は同値なので、ハイネ・ボレルの被覆定理とボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理はそれぞれ定理1における「3番目の条件⇒1番目の条件」、「3番目の条件⇒2番目の条件」の部分に対応している。
コンパクト性を使った証明の例
定理1により、距離空間ではコンパクト性の概念は「全有界かつ完備」というより直観的な概念で言い換える事ができるが、コンパクト性の定義それ自身も、定理を証明する上で非常に強力な道具となる。
コンパクト性を使った典型的な証明では、各点xの近傍 Ux{displaystyle U_{x}} を集めた {Ux}x∈X{displaystyle {U_{x}}_{xin X}} を X の開被覆として用い(これが実際に X を被覆しているのは明らか)、次のような道筋をたどる。
X の各点 x の近傍 Ux{displaystyle U_{x}} では求めるべき性質 P が成り立つ
{Ux}x∈X{displaystyle {U_{x}}_{xin X}} は X を被覆するので、X のコンパクト性から有限部分被覆を持つ- 2で作った有限部分被覆を使って性質 P(ないし別の性質 Q)が X の全域で成り立つことを示す。
すなわち局所的に性質Pが成り立っている事を利用してPが大域的にも成り立つ事を示す際にコンパクト性は使える。
以上の証明においてコンパクト性は被覆している近傍の数を有限個に減らす事で無限に伴う複雑な問題を回避するのに役立つ。
以上の事を見る為にコンパクト性を使って証明する定理の例を1つあげる。
定理4 ― 距離空間 X から距離空間 Y への連続写像 f は X がコンパクトなら必ず一様連続である
なお定理2、4より特に「ユークリッド空間の有界閉集合から実数体への連続写像は一様連続である」というよく知られた事実が従う。また定理4は X, Y が距離空間でなくとも一様空間であれば成立し、その場合の証明は一様連続の項目に載っている。
以下の証明は基本的には上述の典型的な証明方法に従い、典型的な証明を説明した際のPは基本的には「二点 x,y の距離が δ 未満なら f(x) と f(y) の距離は ε 未満である」という性質であり、 Ux{displaystyle U_{x}} は x の δ-近傍となるが、証明上の技術的な理由により、δ の値を適切に取り替えるなどの処置を施している。
定理4の証明の概略は以下の通りである。
まず任意に ε > 0 を固定すると、f の連続性により X 上の各点 u に対しある δu > 0 が存在し、以下が成立する:
u の δu-近傍 B(u,δu){displaystyle B(u,delta _{u})} の f による像は f(u)の (ε/2)-近傍に入る。...(1)
さて明らかに
Xは開集合族 {B(x,δx/2)}x∈X{displaystyle {B(x,delta _{x}/2)}_{xin X}} により被覆される...(2)
ので、コンパクト性から X の部分被覆 {B(xi,δxi/2)}i=1,…,n{displaystyle {B(x_{i},delta _{x_{i}}/2)}_{i=1,ldots ,n}} が存在する。X 上の任意の点 x はこれら被覆のいずれかに入る。すなわち
X 上の各点 x は x1,…,xn{displaystyle x_{1},ldots ,x_{n}} のいずれかの(δxi/2{displaystyle delta _{x_{i}}/2})-近傍に入っている。...(3)
さて
δ=12min{δx1,…,δxn}>0{displaystyle delta ={1 over 2}min{delta _{x_{1}},ldots ,delta _{x_{n}}}>0}...(4)
とする。すると X 上の任意の2点 x, y の距離が δ 以下であれば f(x), f(y) の距離は ε 以下となる。
実際(3)より、x はある xi{displaystyle x_{i}} の(δxi/2{displaystyle delta _{x_{i}}/2})-近傍に入っており、しかも d(x,y)<δ≤δxi/2{displaystyle d(x,y)<delta leq delta _{x_{i}}/2} であるので、三角不等式から y も xi{displaystyle x_{i}} の δxi{displaystyle delta _{x_{i}}}-近傍に入っている。したがって(1)を u=xi{displaystyle u=x_{i}} に対して適応する事で、f(x) も f(y) も f(xi){displaystyle f(x_{i})} の (ε/2)-近傍に入っている事がわかるので、再び三角不等式から f(x) と f(y) の距離は ε 未満である。これは f の一様連続性を意味している。
以上の証明でコンパクト性が効いてくるのは、(4)において δ が 0 ではない事が示されるところにある。
実際(2)の段階では無限個あった近傍をコンパクト性により有限個の点 x1,…,xn{displaystyle x_{1},ldots ,x_{n}} の近傍に減らしているからこそ(4)でδは有限個の値のminとして定義されているが、コンパクト性を用いないと(4)で δ は無限個の値のmin(というよりinf)とせねばならなくなるので、δ は0になる可能性があるのである。(そして一様収束の定義は δ = 0 を認めていないので、証明が破たんする。)
このようにコンパクト性は、無限だと起こる問題を有限に落とす事で回避する事に用いる事ができる。一般的に無限が絡むと議論が複雑になるので、これを回避できるコンパクト性は有益な概念である。
無限次元空間におけるコンパクト性
有界閉集合との違い
有限次元ユークリッド空間ではコンパクト性は有界閉集合である事と同値であったが、無限次元空間ではこのような事実は成り立つとは限らず、例えば無限次元バナッハ空間 ℓp{displaystyle scriptstyle ell ^{p}} における単位閉球体は有界閉集合であるがコンパクトではない(距離から位相をいれた場合)[3]。
以下では無限次元バナッハ空間 ℓ∞{displaystyle scriptstyle ell ^{infty }} の単位閉球体(と相似な)超立方体 I∞ の場合について直感的に述べる。
まず簡単にわかるように一辺の長さが1である(縁を含んだ)n 次元超立方体 In を1辺の長さが (1/2) + εの(縁を含まない)n 次元超立方体 B で覆うにはどうしても B のコピーが 2n 個必要である[4]。(ここで ε は小さい値。たとえば ε = 0.1)。したがって n → ∞ とすれば分かるように、1辺の長さが1の無限次元超立方体 I∞ を覆うにはどうしても1辺の長さが (1/2) + ε の無限次元超立方体が無限個必要になり、有限個では覆う事ができない。コンパクト性は無限個開被覆は有限部分開被覆を持つ事を要請しているので、これは I∞ はコンパクトではない事を意味する。しかし有限次元の場合と同様の証明で I∞ が有界閉集合である事は示せる。以上の事から I∞ は有界閉集合であるがコンパクトではない。
一般のバナッハ空間 ℓp{displaystyle scriptstyle ell ^{p}} については以下の様に分かる。 en を第n成分は1それ以外の成分は0である様な数列とする。この時、 e0 , e1 … は単位閉球体内の集積点を持たない点列であり、この様な点列の存在は(点列)コンパクトに反するので単位閉球体はコンパクトでない。また e0 , e1 … は互いに等距離にある無限集合であり、このことから単位閉球体が(有界ではあるが)全有界ではない事が示せる。したがって全有界性は有界性よりも真に強い概念である。
弱位相
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性質
閉集合
コンパクトな位相空間の部分集合に関し、以下が言える:
- コンパクト空間の部分集合が閉集合ならコンパクトである。
- ハウスドルフの分離公理を満たす位相空間のコンパクト部分集合は閉集合である。
したがってコンパクトかつハウスドルフな位相空間(コンパクトハウスドルフ空間)では部分集合Aが閉集合である事とAがコンパクトである事は同値である。
コンパクト性の遺伝
- コンパクト空間から位相空間への連続写像の像はコンパクト集合である。
- (有限個または無限個の)コンパクト空間の直積はコンパクトである。(チコノフの定理。この定理は ZF のもとで選択公理と同値である)
その他
- コンパクト空間からハウスドルフ空間への連続な全単射写像は同相写像である。
- コンパクト空間から実数体への連続関数は一様連続である。(ここから連続関数がリーマン可積分であることが言える)
コンパクト化
位相空間X のコンパクト化とは X をコンパクトな位相空間に稠密に埋め込む操作を指す。コンパクトな空間は数学的に取り扱いやすい為、X をそのような空間に埋め込む事で X の性質を調べやすくする事ができる。コンパクトでない位相空間に一点付け加えるだけでコンパクト化する方法が必ず存在する(アレクサンドロフの一点コンパクト化)他、いくつかのコンパクト化の方法が知られている。実用上は X の構造を保つなど、X の性質が調べやすくなるコンパクト化の方法を選ぶ必要がある(例えば X が多様体であるときにコンパクト化 K として多様体になるものを選ぶ等)。
関連概念
- 位相空間 X の部分集合 Y が相対コンパクト(英: relatively compact subspace)であるとは、Y の閉包がコンパクトな事を指す。
- 位相空間 X が局所コンパクトであるとは、X の任意の点がコンパクトな近傍を持つことを指す。すなわち、X の任意の点 x に対し X のコンパクトな部分集合 K が存在し、x が K の内点になることを指す。
- 位相空間 X が以下の性質をみたすとき、X はパラコンパクト(英: paracompact space)であるという:X の任意の開被覆は局所有限な部分被覆を持つ。ここで X の被覆 {Oλ}λ{displaystyle {O_{lambda }}_{lambda }} が局所有限であるとは、任意の x ∈ X に対し、x∈Oλ{displaystyle xin O_{lambda }} を満たす λ が有限個しかない事を指す。
- 位相空間 X が可算個のコンパクト集合の和集合として書けるとき、X はシグマコンパクト(英: σ-compact)であるという。
- 位相空間 Xから実数体への連続関数 f が必ず有界となるとき、X は擬コンパクト(英: pseudo-compact)であるという。
- 位相空間 X が以下の性質をみたすとき、X はリンデレフ空間(英: Lindelöf space)であるという:X の任意の開被覆は可算部分被覆を持つ。
参考文献
- 『数学シリーズ集合と位相』内田伏一著、裳華房
クゼ・コスニオフスキ著、加藤十吉訳編 『トポロジー入門』 東京大学出版会、1983年。
脚注
^ 「完閉」という訳語も作られたが、ほとんど使われていない。
^ 『数学シリーズ集合と位相』内田伏一著、p. 146、裳華房
^ なお「A がコンパクトな部分集合⇒A は有界閉集合」は任意の距離空間でいえるので、特に無限次元空間であっても言える。しかし上述のように逆は成り立つとは限らない
^ たとえば1辺の長さが1である四角形 I2 を覆うには 1 辺の長さが (1/2) + ε の四角形が 4 つ必要であるし、1辺の長さが 1 である立方体 I3 を覆うには1辺の長さが (1/2) + ε の立方体が8つ必要である。
関連項目
- コンパクト化
関数解析学(コンパクト作用素など)